さて、みぴの立場としては・・・
「とり」というのは人名ではなく、職種とか、技能を表す言葉として考えている。
一番の理由は、日本書紀の「四月,辛酉朔,天皇詔皇太子、大臣及諸王、諸臣,共同發誓願,
以造銅、繡丈六佛像,各一軀.乃命鞍作鳥為造佛之工」の記述。 「鞍作鳥に
鋼と繍の丈六仏像各一躯を造らせた」とあるが、彼の人名であるならば、彼は銅の鋳造と、染織ができることになる。 それはあまりに違いすぎるだろう。
今風に考えれば、「くらつくり事業部」に、馬具をつくる部課、武具をつくる部課、仏具をつくる部課があったと考えるのが自然ではないだろうか。 あるいはもっとフラットな組織で、受注を受けた段階で、デザイナー、資材調達、製造などの専門家が集められ、プロジェクトを組んだとか。
論の中には、止や利の字の意味を述べ、そこから責任者であるというものもあるが、これには反対。 なぜなら責任者であるなら、他にも止利という記述が見られても良いはずなのに無い、また止利を鳥とも書いている。 だからあくまで「とり」という言葉の意味だと思う。
しかしこの理屈だと、仏具を制作する特定組織、あるいはそのプロデューサーを「とり」と云うなら、やはり他に事例がなくてはならないが、これも無い。
もうひとつ、やはり国家の正史である書物に、一工人の名前を掲載するだろうか。
まだ文献をあたっていないけど、『ペルシア文化渡来考』によると、日本書紀の記述で人名と考えられていた「寺工-太良未太(タラミタ)、文賈古子(モンケコシ)」などにつき、これは人名ではなく職名であるという。例えば太良未太(タラミタ)のタラは、ペルシャ語で宮や倉庫などの大建築を云い、ミタは有能とか技巧者の意味である。また文賈古子(モンケコシ)のモンケは古代の鑿(のみ)、コシは定規のことを云うらしい。
つまり、寺工の太良未太さん、文賈古子さん、という意味ではなく、寺工、建築師、大工、という意味になる。同様に「鑪盤博士-將德白昧淳、瓦博士-麻奈父奴、楊貴文、陵貴文、昔麻帝彌、畫工-白加」も職能や器具を示す言葉だという。
「司馬鞍首止利仏師」とは、
「司馬のくらつくりのおびとの」、
「仏具制作班である
止利グループの」、
「金銅仏製造を受け持つ
仏師ユニット」
と理解したいと思う。
今んとこだけど・・・