課題にたてついたレポートは今までに二本。
昨年提出した史料学概論は、まだ学習を始めたばかりだったので、テキストの内容をまとめたんじゃレポートにならないと思い、テキストで述べられたことをふまえ、まったく違うものを素材にして書いた。 編纂物では日本書紀の仏教伝来の記事について真実と宗教的創作を、古文書では金石文の事例を兼ねて、法隆寺薬師三尊像の銘文について願文と縁起文の違いを、記録からは定家朝臣記の定朝が平等院に阿弥陀如来像を納めた日記を取り上げた。
講師のコメントは、「広範囲に深く学習をつまれていますが、できればテキストにそって書いて頂きたかった」というもので、評価は課題の理解がCで、独創性と文書の正確さがA,他がB。
まあ妥当なところでしょう。
今回の平安文学論は、工藤さんの論について、あちこちに論文としてのあまさが(オマエにいわれたかぁねぇ~よ!、あほんだら)目立ち、内容的にも納得がいかない部分があったので、最初は真っ向勝負で拒否してやろうかとも思ったのだけれど、やっぱり単位は欲しいし・・(現実的だぁ・・)
ちょっとナナメから反論。
(1) 文献の誤りを指摘(軽くジャブから・・)
引用している「釈記」は「令釈」のあやまりである。
(2) 戸籍制度の誤りを指摘
工藤さんは、平安時代に婚姻届や出生届のような戸籍制度、あるいは戸主との続柄が明記された戸籍があったことを前提にしているが、現存する戸籍をみるかぎり律令時代のような戸籍は存在しない。 すでに人頭税の調や庸が地税化しており、戸籍を正確に把握する必要がなかったので、戸籍を作る、という行為だけが続いていた。 自論を通すなら、そういう戸籍であったことを立証すべき。
(3) 結婚制度の不備を指摘
工藤さんは儀式婚の挙行を嫡妻と妾の判断の一つに利用しているが、儀式婚の成立は10世紀後半から。 貴族の間では儀式婚が一般化するが、民間の間では通婚がまだ主流で、古い時代の婚姻関係と、新しい時代の婚姻関係が重層的に共存した時代。
(4) 同居に至らない愛人について指摘
(3)の状態において、通婚的関係にあって(儀式婚が行なわれず)、後に同居に至ったものは召人と定義されるが、同居に至らなかったものは何とするかあいまいである。 たとえば六条御息所を葵上と同じく妾とするのか、であれば行きずりとの関係において、情交の回数が問題となるのか不明。
ちなみに、みぴは嫡妻、副妻、召人、妾、行くずりの5分類に定義した。 葵上は副妻、六条御息所は妾にあたるとした。
おぅ、文句があるなら言ってみろ、ワレェ~! (最後巻き舌で)
って出したら、史料学概論と同じ評価だった。
まぁ、ある意味で採点の基準がしっかりしてるとも言えるし、そういうレポートも認めるよってことか。 面白半分に出したレポートだけど、単位試験では吉と出るか凶と出るか・・・
ちょっとドキドキした夏。